吉増剛造さんについて

吉増剛造さんについての個人的な記録

吉増剛造さんについて⑩

先日、吉増剛造さんの新しい詩集が発売され、近く著書「詩とは何か」が発売される。

毎週木曜日にYouTubeで配信されているDiaryもあと数回でお終いになる。

この1年半、木曜日の朝に配信のお知らせがあるたびに、別世界へ連れられて行くような興奮を味わっていた。

 

前々作の吉増剛造さんの詩集「怪物君」を読みながらこれまでの出来事を振り返り、わたしの言葉を少し並べてみた。

 

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「蕾」

 

確実に

閉じる

閉じていく方向へ

まるで

蕾のように

 


いままで

減喩と

闘ってきました

それだって

十年かそこらのこと

 


蕾にもどるのです

鮮やかに青く

飛び散るのです、いま

 


アイヌの伝承者の

やわらかな声

やわらかそうな髭

どちらもカールしている

奄美の伝承者の

あたたかな瞳

陸続きであったとき

肌もつながっていた

偶然のアルファベット

P38のマニファクチャーな記憶

 


だれにも言えない

負い目をたずさえて

文字のない罫線のような一生

 


ひとは生きて死ぬ

だからこそ忙しい

 

吉増剛造さんについて⑨

 

【桜の雨のなかで】

 

2018年5月13日  桜が散り始めた札幌、肌寒く小雨の降るなか、詩人 吉増剛造氏のトークイベントへと足を運んだ。
新刊『火の刺繡』編纂の経緯について、北大名誉教授 工藤正廣氏との対談であった。

 

 

昨年9月、バンド空間現代と吉増剛造氏の烈しいライブを体感してから8ヶ月。
きっと今日も吉増剛造氏は、すでにアトリエと化した会場で金槌を手に銅板へと向かっておられるだろうと、その白馬のようなお姿を思い浮かべながら紀伊國屋書店へと急いだ。

 


この8ヶ月間、吉増剛造氏は、わたしが知る限りでも、東京、欧州、京都、旭川、沖縄、、、と神出鬼没なハードスケジュールをこなされている。
久しぶりにお見えになる札幌の空に、もっと晴れてくれよ、と言いたくなった。

 

 


百席ほどが設けられたガラス張りのインナーガーデン。目に入ったのは、窓際に配されたオブジェ。それは、イベントの2日前まで同書店で開催されていた[吉増剛造展]で展示されていたものである。


横たえられた樹木。美しく湾曲した幹から、悲鳴か或いは叫びのように四方に伸びた枝は、何かを掴みとろうと、異世界からこの世に伸びた巨大な片腕のようにも見える。

その中央に、手のひらに乗せるような形で配された長い銅板。そこに刻まれた『火の刺繡』の文字。


この銅板は、生前35年にわたり吉増剛造氏と共同制作をされていた彫刻家 若林奮氏が吉増剛造氏へと遺したものである。
昨年8月、札幌国際芸術祭の吉増剛造展でも目に焼き付いていた。

 

あのときの銅板の印象は非常に重々しく、断片には鋭さを漂わせ、銅板の上に文鎮のように置かれた小石を抱いて生を受けた瑞々しさに輝いていたが、それは自然物と同化することで、全く異質な生きものへと変幻していた。

 


そのオブジェの傍らでは、やはり吉増剛造氏が新たな銅板に文字を刻みつけているところである。目を凝らすと、sapporoの文字が見える。
トークイベント開催までの20分あまり、その所作を見学させていただくことができた。

 

 

 

 

約1時間半のトークは、詩集に関するありとあらゆる話題について、愉しく、興味深く、奥深く研ぎ澄まされた柔らかさで話されていた。


特に印象的だったのは、工藤正廣氏が、ふるさと津軽の林檎をふたつ、おもむろに茶色い紙袋から取り出された瞬間の、あの空間に染みた赤と黄色。
『火の刺繡』から15行のロシア語訳の朗読。
「恥ずかしいから歌わない」と仰っておられたにもかかわらず、終盤、意を決したように熱唱されたロシア語の歌。
目と耳と心に、深く刻まれた。


吉増剛造氏からは、欧州ツアーのライブで、意図せずして、パスイを頭に乗せたという自分自身の中から湧き出る未知の行動によって、言葉のない世界との通路ができたということ、同時発話の復元というこれからの課題、未完成感を刻み、未達成感を続けていくこと、時に言葉を枯らしその先に(うた)を見つけるということなどを惹きつけて離さない語り口で述べられていた。

 

 

 


トーク終了後、吉増剛造氏はふたたび銅板の元へ行き、いつものようにアイマスクを付け、さらに口を塞ぐように顔の下半分には紙を貼った状態で、sapporoの文字が刻まれた銅板に鮮やかな朱色のインクを垂らしていく。空閑の筆が踊る瞬間である。
それから、アイマスクと紙を剥ぎ取り、晴眼(わたしの位置からは定かではないが、たぶん閉じられていたように思う)で、さらにドリッピングしていく。


その後、オブジェへと向かい、彫刻家若林奮氏が残した「コンマ1ミリの銅板」から発せられる声を聴こうと、その頭上へインクを垂らす。


重力に従って、無抵抗に銅板へと落下していく朱色の液体が接地点で放った声は、吉増剛造氏の一瞬の叫びに象徴された。
その絞り出すような声と声の共鳴と同時に、一体となった樹木と銅板は美しく乱れた。

 

 

 

 


録音させていただた約1時間半のトークを何度か聞き返し、そこに刻まれた声と、不思議な子どもの歌声や電車の音が交錯して、ここにも[同時発話]の美しさと強靭さが存在していることに気付かされる。

 

 

 


一週間後の今日、札幌は初夏の陽気に包まれ、北の地域では桜もまだ数多く残っている。

 

 


吉増剛造氏の所作に、心の芯が震える恐ろしさを抱きつつ、また、いつかの機会に体感できることを愉しみにしている。

 

 

2018年5月20日

 

 

 

 

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吉増剛造さんについて⑧

 

 

2017.9.1の吉増剛造さんと空間現代の烈しいライブは、吉増剛造さんご本人が"極限までいきました"と仰っていた通り、5年経った今でもあの空気が浮かび上がる。

 

踏みしめるたびに声を上げる木の床、仄暗いなかでぶつかり合うガラス瓶の音、そして炎。

吉増剛造さんの身体から湧き出て来る膨大なエネルギー。それを受けとめるわたしたち。

静と動の切り替わりとすさまじいせめぎ合いと融合。

たった一度だけ繰り返される絶叫の数々。

 

吉増剛造さんが銅板に点を打ち込み、それが文字になっていく様は、一本一本横糸を通しながら織り上げていく布の様にも感じ、烈しいパフォーマンスは空間に彫り付ける彫刻作業のようにも感じた。何度も石狩に足を運ばれているので、ご存知ない訳はないが、わたしは吉増剛造さんと本郷新氏の間に縁を感じている。彼もまた彫刻に身を捧げた人、生涯を通じ"形とは何か"を追求した人である。

 

吉増剛造さんとの初めての"見せる(魅せる)""見る(魅せられる)"と言う作業は、「生まれて死ぬ」人の一生そのものの凝縮であった。だからこそ今だにあの瞬間をわたしは背負い続けているのだと思う。

 

 

 

 

 

 

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吉増剛造さんについて⑦

 

 

 

 

///

 

ドアを開けると

絹の馬が

静かに燃えていた


ヒヅメを

自らの内部に

打ちつけながら

 

炎は

公衆電話と

小銭と

抱きあう二人を

海へといざなう


わたしは

メロンゼリーのなかで

自ら解凍する

 

わたしたちは、

そこに居たひとも

そこに居るけれど見えないひとも

 

馬の背にのり、

目をつぶる

 

いくども死んでいく

秋の胎児となって


絹の馬は

自分をほどき、燃やし


蚕の口から

再生される

 

美しすぎる この世界を

見ないことなんて

できない

 

 

 

 

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2017年9月1日20:30

札幌PROVO

吉増剛造×空間現代

 

 

 

20時前に入店すると、ざわざわとした空気のなかで、窪地のように静かな場所があった。

吉増剛造さんが、そこにおられた。

 

今まで幾度となく映像で見たお姿のどれとも異なる、いま、の吉増剛造さんが木の床に坐っていらっしゃる。

沢山のインクが入った小瓶と紙。

薄暗い店内で小さな灯りを点し、背をかがめ、銅板に向かっていらっしゃった。

 

わたしたちは遠巻きにして、そのお姿を見守っていた。

 

 

 

 

 

吉増剛造さんについて⑥

 

吉増剛造さんとジョナス・メカス氏の映画が完成し、来年2022年に公開になる。そのエンドロールに、わたしの名前が出る。

その報せを受け、映画のラスト情報を見せていただいたのが、4日前。それからずっと軽い震えに包まれている。

この5年間のご縁と、自分の行動を振り返り、喜ばしい自分勝手さを噛みしめている。

吉増剛造さんは遠くて遠い、わたしにとっては星のような存在の方である。知るほどにその巨大さが分かるが、決して近づく事はない。

今回の事はわたしにとってはサプライズと同じで、驚きと感謝の気持ちしかない。実際にエンドロールを目にする時の事を考えると目頭が熱くなる。

もう一つだけ希望が叶うなら、もう一度吉増剛造さんのパフォーマンスを肉眼で観たい。そしてパフォーマンスを終え、美味しそうにビールを飲む姿を観たい。

 

 

 

 

 

 

 

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吉増剛造さんについて⑤

 

 

 

2017年8月、3年に一度開催されている「札幌国際芸術祭」で、吉増剛造さんの展示が行われると言う情報を得てわたしは狂喜していた。

更に、吉増剛造さんと空間現代のライブが開催されると聞き、大急ぎでチケットを入手した。

ついに!ついに!本物の吉増剛造さんにお会い出来るんだ……

約1ヶ月間、さらに吉増剛造さん関連の書物を読み漁り、CDを聴き声を焼き付け準備万端でその日を迎えた。

 

2017年8月15日 北海道大学総合博物館にて、

吉増剛造

火ノ刺繍 - 「石狩シーツ」の先へ

石狩川が海へ繋がるその場所で、或いは埠頭の波がちゃぷちゃぷと打ち寄せる場所で、吉増剛造さんが映し出されるスクリーンの前に座し、わたしの知っているその場所に吉増剛造さんがいらっしゃる不思議を感じていた。

 

吉増剛造さんの打ち付けた銅板やインクの飛び散る沢山の紙、紙、紙……

 

ご本人にお会い出来るまであと少し。

 

 

 

 

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白い彫刻が飛び立つ
刻のひとと岸の間際から

黒い戌を連れて
よい響きを求めて

震えさせた硬い折り紙は
祝津の瑪瑙の祈りです

祈りを折り、
祈りを折る。

唇で反芻して
鼓膜に接吻して

つぎつぎと
余韻を残して

海が河になる頃

ひとは必ず死ぬのだと


恩知えられる
オシエラレル

 

 

 

 

 

吉増剛造さんについて④

 

 

わたしが読み漁った吉増剛造さん関連の書物に「我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ!」がある。

最初に手に取ったのは5年前だが、それから幾度となく開いている。

開いた場所どこからでも読めるし、吉増剛造さんの話し言葉そのままで書かれている文面が多く、馴染みやすく、吉増剛造さんの代表的な詩が数篇掲載されているので、非常に満足感のある一冊だ。

 

わたしが当時通っていた石狩市民図書館は吉増剛造さんの詩にも登場するし、何より石狩埠頭で幾度も行われた修行のような創作時間は吉増剛造さんと石狩を深く結んだ。

そのおかげで石狩市民図書館には吉増剛造さん関連の書物が沢山蔵書されている。

 

 

わたしは北海道でも数本の指に入る豪雪地帯に生まれ、9歳まで過ごした。父が不慮の事故に遭い土地を購入していた石狩へ転居した。

 

石狩と吉増剛造さんのご縁、わたしと石狩の縁の襲。

世界中を股にかけ神出鬼没の身軽さで謳っていらっしゃる吉増剛造さんと言う方にわたしはどんどん惹かれていった。

 

 

 

 

 

 

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